トップページ
メール

弁護士の随筆
釣     り 歴    史 そ  の  他
◆私の釣り歴
   /2/
大物志向が無くなった
釣った魚は喰べること
リリースについて
◆竹竿作り
   
◆竹の竿というもの
   
◆竹竿作りの技術として
   


私の釣り歴−2−
2003/9/1
小学4年のとき、市内に移転した。
釣り場が、主として関門海峡となった。
そのころには、竿も1本買ってもらった。
竹の3本継である。100円もしなかったと思う。子供に100円の遊び道具を買ってくれる親はいなかった時代だから・・・。
それで、5円もらって、魚市場に行き、小エビを一握り買って、岸壁(下関商港)に夏は小アジを釣りに行った。
秋は、バスに乗って遠い砂浜に、何か知らんが釣りに行き、大きなハゼを釣ったことがある。
また、イカ釣り具を自分で作ったりした。今でも憶えているし、作れる。
それは、モドリのない^i^形をした鉤を釣り具屋で買って来て、ローソクの火であぶって曲げる。どう曲げるかというと、タコテンヤを見たことがある人ならすぐに判ると思うが、買った鈎は平面的だからこれを立てるのである。グー、チョキ、パーのチョキの指を内側に曲げるように。
それから、どこかで鉛を拾って来て、これをカナヅチで巾1p前後、長さ7〜8p、厚さ3〜5oくらいに叩いて成形する。次に、竹片を拾って来て、これも、鉛と同様に成形する。但し、竹片には、長端に穴をあける。(釣り糸と結ぶ為)。
この鉛(下)と竹片(上)の間に、鈎の曲がってない部分を入れて、鉛と竹片を針金などでぐるぐるにしばる。その場合、鈎の部分は竹片をおおうように曲がっていなければならない。

釣り方は、竹片のうえに、エビ又はイワシを乗せて、これを糸でしばって、竹片にあけた穴に道糸を結んで、道糸は、タコあげに使うような糸巻きに50〜100m巻いておく。
いざ、釣るときは、右利きの人は、右手にエサ付きの仕掛けを少々糸をたらして持ち、左手に糸巻きを持って、右手で仕掛けをグルグル回して、ハンマー投げのように放り投げる。
子供でも50m位は飛ぶ。
仕掛けが着水し、やがて着底する。
鉛が下でエサが上になっており、鈎はこれにかぶさるような形になっている。そこに、イカが、触手を伸ばしてくる。はじめは、チョンチョンと、そこで合わせてはいけない。ちょっと、気を引くように、仕掛けを引いてやると、乗ってくる。そのときに合わせる。合わせたら、鈎にモドリがないから、道糸を、タルませないようにしてたぐる。釣りあげたら、スミをふきかけられないよう、すぐには近づかないこと。

中学2年のとき、また転居した。
郊外の川のすぐ傍であった。
喜んだのは、不肖私一人であった。
そこで、川釣りを憶えた。
下流だったから、渓流はやっていない。(大人になって、渓流をちょっとだけやったが、上流も下流も同じと思う)川は、地域的に狭いから、ここは、どういうとき、(雨のとき、晴れのとき、季節の違いなど)何が釣れるということが少しずつ分かって来、自分のテリトリィ(といっても、半径300mくらいだが)内においては、大体のことが分かった。(すべてのことは、永遠に分からない)だから、釣りをやってボウズ(1匹も釣れないこと)は皆無であった。雨上がり、あそこは釣れると思い、行って、ヒゴイを釣った。野性のヒゴイが居るとは思わなかった。きっと、どこかの庭の池から逃げて来たのだろう。
そのころ、釣った魚で、いまだに何という魚か判らないものがある。魚類図鑑で調べたが、どこかが違うのである。
体長は小さくても20pはあった。背は濃いブルー、腹は赤に近いピンク、そして、アゴの回わりは小石のようにブツブツした部分があった。
引きは強烈であった。
多分、ハヤ(関東ではウグイ)と思うのだが、図鑑でみると、ウグイの婚姻期の色彩と、ちょっと違うし、つらがまえとヒレの形が違う。
炎天下の浅瀬で、彼は、小さなメスを従え、回わりを囲まれていた。
鮭やヤマメは、オスはメスに従う。1匹に2〜3匹のオスが従う。だから、彼ではなく彼女だと思われるが、彼というにふさわしいものがあったのである。
彼を見たのも、釣ったのも、3年の間であって、すぐに姿を消した。
農薬のせいである。ホタルも同じ運命であった。
最初の夏、ホタルは無数に飛びかい、部屋の中にも入って来た。
次の年は、まばらとなり、3年目にはほとんど見なくなった。
私の釣り歴を中学生まで書いて来て、それは、今はやりの「危機管理」や「地球汚染」に関係していると知った。

川の汚染は、あんな田舎の川でもその進行速度は非常に早かった。
あの幻のハヤもホタルも3年ほどで居なくなった。また、いつもエサとしていた川の小エビも同じく姿を消した。その後は、ミミズをエサとしていた。ついでに、我が愛犬ムクも、農薬散布直後の田のあぜを流れる水を飲んで姿を消した。この犬は、魚を獲っていた。我が家の裏手がすぐ川で、そこは堰だった。段差があって、下流から上流にコンクリの傾斜があり、そこを魚が逆上るので、待っていて、くわえるのである。



copyright (c) 2004 Shyoyo Law Office all rights reserved.