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| 私の釣り歴−1− |
| 2003/9/1 |
| はじめて釣りをしたのは、小学1,2年のころと思う。そのころは、小さな漁港のすぐ近くに家があった。漁師ではない。父がそこに家を借りたのだ。町名は海士郷という。まさに、漁師の町である。 また、すぐ近くに造船所もあった。海は、川のように細く、対岸は、遠洋漁業の漁港(下関漁港)があり、手繰船、巾着網船、トロール船、そして、捕鯨船もときどき係留されていた。 そんな環境の中で、夏は泳ぎ、釣りをした。釣りといっても、竿も持ってなかったので鈎と糸でドンコ(4〜5pくらいの魚で、その名は方言)とかサンバソウ(石鯛の幼魚)を釣った記憶がある。 エサは、何だったか憶えてないが買ったものではないことは確か。子供にそんなお金をくれる親は居なかった時代だったから、多分、そこら辺にくっついている巻き貝をとって、石で割って、これをエサにしていたんだろう。 やや長じて、ケビ(関東ではゴカイ)を堀りに行って、これをエサにしたこともあるが、掘る道具を持っていなかったから、チギレたやつを2,3本得たにすぎない。 そのころ、海に頭から落ちたことが2〜3回ある。まだ、泳ぎが出来ないときにも1回ある。 造船所の貯木(イカダ)の上で遊んでいたところ、頭にガン!と衝撃があって、海に落ちたが、本能的にすぐさま、イカダにはい上がった。 それで、ことなきを得たのだが、気がついてみると、口から血がいっぱい出ている。 痛くはなかったが、一緒に落ちて、兄から助けられた同級生は、ワンワン泣いている。それで、これは自分も泣かなくては、と思いワンワン泣いた。そのときの心境は、今でもよく憶えている。自分も、その兄に面倒みて欲しかったのである。ところが、彼は、「お前は早く家に帰れ」と正解を言った。それはそうだと納得し、それ故に泣きやんで家に帰った。せっかく生え変わったばかりの前歯が1本グラグラになっていた。数日後抜けたが、また生えてきた。 冷静になって、あれは何だったんだろうと考えて、判ったが、頭への衝撃は、船をつないでいるロープが何かの拍子に動いたのだと考えられた。 2回目に落ちたのは、ケーソンの上に腹ばいになって、わかめを採ろうと、手を伸ばしたが届かないので、少し無理したところ、当然のように頭から落ちた。これは納得なので、他に友達も居たし、平然としてはい上がった。 釣りで、遭難する人は多い。 不肖、私は、多分遭難しないと信じている。それは、遭難の幼児体験があるから、今でも必要ない限り海と陸の瀬戸際には行かない。 ところが、そんな経験のない人は、必要もないのにコンクリートの先端に座って、足を海に投げ出しぶらぶらさせたりしている。それが、同行者であれば必ずしかる。 しかられた方は、何で?という顔をするから、「落ちたらどうする!」相手は「落ちない!」という。「落ちないと思っていて落ちるんだ、落ちようと思って落ちる奴はいない!」とムキになったりする。 それでも納得しない相手には、「私は子供のとき何回か落ちたことがある。落ちたいんならいいけど、そうでなかったら、経験者の言うことを聞け」という。大体それで納得する。 ただ、不肖私は、ここで落ちても死にはしないだろうが、それを助けたり、ずぶぬれになった奴を始末することがメンドクサイ故に、しかるのである。本当に、ここから落ちたら死ぬ、という場所では、相手をしかる余裕などない。自分の身を守るのが精いっぱいである。だから、自己危機管理の幼児体験のない人とそういう場所には一緒に行きたくない。 面白い話がある。 我が釣友と、しばしば、危険な磯場に行っていたころ、どうも、彼には、そんな幼児体験はなさそうに思えたから、「お前、ここで落ちたら、落ちた場所から上がろうと思うな。先ず、沖に出よ。岩場は波が打ち上げてるから危ない。そうして、遠くの、あそこまで泳いで行ってあがれよ。俺がそこまで行って引きあげてやる」とか、言っていた。同じようなことを何度か言ったとき、我が釣友は、「何んで、いつも俺が落ちるの?」と言った。 そう言われたとき、何だかおかしくなって笑ってしまった。 |
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