![]() |
◆トップページ ◆メール |
|||||||
| 釣 り | 歴 史 | そ の 他 | |
| ◆文学と法律 ◆お金と法 ◆戦争と法 |
◆「プリズンホテル」(浅田次郎著)を読んで ◆「日本の敗因」(小室直樹著)を読んで1/2 ◆光華寮訴訟 |
◆三菱ふそうのリコール隠しについて思うこと ◆ファイリングシステム |
||
| 三菱ふそうのリコール隠しについて思うこと |
| 2004/5/24 |
| 1.三菱という企業の創設者は、岩崎弥太郎であるが、その前身は、土佐藩の横目付である。横目付とは、現代でいうところの監察官・警察官の類と考えられる。 ところが、薩・長・土・肥が活躍した、幕末、そして明治となるが、どういう経緯かは不明であるが、彼は、土佐藩の商権を譲受けたのである。その当時、各藩は、大阪に自藩の特産品などを集積し、販売する拠点を設けていたが、弥太郎はその権利をどういう次第なのか取得したのである。同じ土佐藩で、坂本竜馬は、商業を志したが、その為には、日本国を統一する政権が、そして、それがいわゆる民主的政権でなければならないと考えた。それ故に、先ず、政治に関与し、暗殺されてしまった。もし、明治に生きていたら、日本の近代経済界は、ダイナミックに変革しており、昭和になって、欧米と戦争する羽目にはならなかったであろう。 すなわち、昭和10年代には、欧米と肩を並べる経済力を持ち、彼らが、経済封鎖することは、自らのマイナスとなる故、出来なかったであろう。(昭和30年代以降の日本経済のバイタリティーを考えれば、理解できよう。) 2.三菱の創設者は、竜馬のような雄大な先見の明が、あったかどうかは不明であるが、時の政府と結託して、利益をあげていった。 明治の政権は、薩・長がメインであったが、そのいずれの藩も、弥太郎のような人間は居なかった。 薩摩には、商を志した有名な人が一人居たと記憶しているが、その後、三菱のようにはなっていない。長州には、白石正五郎という豪商が居て、幕末の志士の為に全財産をはたいた人がいるが、彼は、明治になって、神官を希望した。伊藤博文をはじめ、明治政権の長州人は、誰も白石に頭が上がらなかったのに、彼は、弥太郎の途を選ばなかった。その代わり、山城屋という小物が井上と結託して、井上大蔵大臣の首が危うくなったとき、大臣室で割腹した。俺が死んでお前の悪を冥土に持って行くぞ、ということである。これは、商人というより、井上よりも武士的である。 3.“商”は“悪”に通じるものである。100円で仕入れた物を500円で売る。それは、悪である。120円なら適正利潤であるが、そんな良心的商人は滅びる。三菱は、滅びるどころか、日本最大の財閥となった。政権と結託する悪、市場を独占して不適正利潤を追求する悪、弱小企業を吸収する悪、そうして、さらに大きな悪の団体を創る。そうなればそれが正しいように人々には見える。それが、財閥であり、強大な企業集団であり、多くの人々が、そこで禄を喰んでいるから、批判も出来ない。あたかも、封建時代の大藩と、家臣との関係と同様である。 また、家臣でなくても、その大藩の領域(日本)で生活している百姓・町人も藩がつぶれると自分達にも悪影響が及ぶから、家臣と同様の意識を持つことになる。しかしながら、大藩がつぶれても百姓・町人は強い。新たな生き方を見つけてゆく。 だから、三菱並びにそのグループがつぶれても、百姓、町人(今でいうとそこに禄を喰んでない国民)は関係ないのである。 三菱ふそうがつぶれようが、東京三菱銀行がつぶれようが、自動車会社も銀行も他にたくさんある。 賢明にも、大株主である、ダイムラー、クライスラは手を引いた。 そこで、三菱グループが支援することになった。その額膨大である。ダイムラーは、ビジネス的判断から手を引いたが、三菱グループは、ビジネス判断というより三菱と名のつく企業の倒産を認められないのである。そこで、集団をあげて支援に乗り出した。多分、投下資本は回収し得ず、出資者は損をする。そのことが、契機となって、三菱グループは弱体化し、いずれはほろびてゆくであろう。 何故なら、三菱が明治以来、業績を飛躍的に伸ばし得たのは政権と結託して来たからである。(江戸末期には土佐藩とも結託した。昭和の戦前にも、戦後にも軍事産業のあらゆる分野で利益をあげて来ている。) もはや、政権とは結託出来なくなった。外国資本からも見放された。そうなれば、同類で結託するしかないのである。 4.その結託の中心は東京三菱銀行であり、銀行倒産時代において、同銀行は、最も財務状況が良いと言われている。それは、何故なのかを考えてみる必要がある。そんなことを経済学者も評論家も考えていないようだが、そもそも、銀行というものは、資本主義体制において、資本の頂点に存在する為に創設されたものであり、その頂点とは、傘下のグループ企業に、資本を与える為である。そして、その資本をどこから調達するかというに、百姓・町人をだまくらかして、集める。一人の預金はわずかでも、百姓・町人は人口の大半を占めるから、集めた総額は膨大なものとなる。それらには、スズメの涙ほどの金利を払い、グループ企業に融資する。それら企業は、商品を作り販売する。そして、百姓・町人のなけなしの金をさらに収奪する。そんな仕組みが資本主義経済体制である。 5.このような、歴史的、経済的体制の中で生きている我々百姓・町人は、その事実を認識しなければ死ぬまで欺されて生きてゆくことになる。社会における巨悪、環境汚染、政権との結託(贈収賄)、談合(闇カルテル)、リストラ(失業)、その他すべて企業、中でも大企業が日常的に行っていることである。 たとえば、都市の海岸は、コンクリートで固められ、大企業が独占的に占拠している。利潤追求の為権力に賄賂を払ったり、闇カルテルを行ったり、それらを隠す為に総会屋に金を払ったりしているのである。 他方、表向きは、社会に貢献する企業であると自賛するが、本当にそう思っている節もある。上述したようなことを考えたこともないからだろう。今回の三菱のリコール隠しは、法的にみると、「未必の故意による殺人」である。 道路運送車両法等の行政法によって前会長らを逮捕したが、適用法令が間違っている。刑法を適用すべきである。 |
copyright (c) 2004 Shyoyo Law Office all rights reserved.