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弁護士の随筆
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竹の竿というもの−1−
2004/2/27
釣り竿は海彦、山彦の時代から竹竿であった。
それは、今から2000年くらい前のことであるけど、今でも、竿がなければ陸からの釣りは出来ない。2000年も前の釣り竿は、大変な重みがあったと思う。そのころは、魏志倭人伝にあるように主として、もぐって取ったりしていたと思うが、そんな時代に、竿と鈎で魚を取るのは、一つの産業革命であったろうと思われる。
鈎を無くした、それは大変なことであったと思う。

2000年の後、不肖私は、竿を無くして困った体験したことがある。
新島の離れに地内島という無人島がある。そこへ、サバイバル体験をしようとして、食料は持たず、釣具とテントを持って行った。自給自足をしようと思ったのである。だが、不肖私も文明の洗礼を受けているので、米とミソだけは持って行った。まさかの為の、危機管理である。その予感は見事に適中して、強風で竿が出せず、また、エサを持って行かなかったので、風の無い所でミミズでやってみたが全く釣れず、食料は、米とミソのみとなり、1日分の飯を留守している間に鹿に喰われたりして、ひもじい思いをした。明日は迎えの船が来るとガマンして、その明日になると、本島との定時通信(トランシーバー)では、「エー、本日は強風の為、船は出されません。何か、問題はありませんか」というのである。当方は、大いに問題ありであった。結局3日の間ほとんど喰べていないのであった。
二度目に行ったときは、食料も必要分は持って行った。ところが、磯渡しをしてもらった所が、釣場だったから、そこへ竿を置いて、キャンプ道具を上に運んだ。それは、大変な間違いであった。
今度は重装備で我が“どうなってる会”全員といっても3人で行った。
そして、ベースキャンプを設営し、さて、食糧確保に行ったところ、竿が無い!そこらには、サルは居るが、サルは釣りをしないからサルが持って行ったのではない。人間に決まってるが、その島に人間は我々以外居ないから、島外の人間が持って行ったことは自明の理である。
だから、我々を渡してくれた植長丸を呼び出し、というとカッコいいけど、携帯電話など無いころであるから、友人から古いトランシーバーを借りて、持っていたのである。
「あー、植長丸、ウエチョーマル、竿が無くなりました。多分、漁船が無人島(そこは 磯釣り場でもある)に忘れたと思って持って帰ったのでしょうが、それは我々の竿だ から持って帰った人を探して、持って来て下さい。」
と言うも、もともと古いトランシーバーだから相手には聞こえず、これを傍受した下田保安庁らしきところから応答があり、
エー、このチャンネルは使ってはいけない・・・ガー・・・
緊急のチャンネル・・・?・・・・
ハイ、コチラ、ウエチョーマル、どうしたのですか?という応答がある。
サスガ我々もこれはヤバイと思い、無言となる。
あとで、植長丸の船長は下田海上保安庁に呼び出され、こっぴどくしかられたという。
そんなことはともかく、磯で釣りをするには、竿は不可欠のものであるということを体験したのである。したがって、魚は1匹も釣れず、またしても大失敗をした。



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