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| 「日本の敗因」(小室直樹著)を読んで−1− |
| 2003/9/24 |
| 1.大東亜戦争の敗因が、 @軍事官僚の腐朽 ⇒手段の目的化≒フェティシズム →最高責任者(将官クラス)の年功序列 →戦略の不在(戦争目的の不確実性) A日露戦争及び諸戦の大勝によるアノミー(茫然自失) →正常な判断の欠如→外交の不在(文官も同様) B兵器のアンバランス 飛行機、艦船の優秀性 戦車、潜水艦、小銃の劣性 C兵站(補給)思想の欠如 D人命軽視「生きて虜の恥かしめを受けず」→兵力の減少 大体以上の点を著者は指摘しており、小生も全く同感である。その中で、最も重大且致命的敗因は@であること著者はつとに強調しているが、然りである。 しかし、小生が最も共感をおぼえる点はそれら敗因を研究、分析し、現在及び将来の日本国及び日本国民が、再び過ちを犯さないようにすべきであるのに、その研究、分析が科学的に為されていないという点である。 大東亜戦争の敗因について、小生が漠然とした知識によって思うところは、「中国にこだわり過ぎた」ことが大きいということである。 著者は、その点については特段触れていないが、終戦時にも中国に100万人、満州に70万人もの兵が存在したと言っている。その兵員はその当時の軍隊の大半であろう。 そもそも、日本は中国を占領しようとしたのか? そうだとしたら、それはバカげたことであり、また、国益にとって有害無益であったことは、当時の人々も理解し得た筈である。国益とは、朝鮮半島、これに続く満州を植民地化したことで十分ではないか。余勢を駆って、中国本土(中原)までと欲を出したものとしか考えられないが、そうであったら、米・英と戦争を決意したときに、戦争目的が変化したのであるから、基本的な戦争思想を変えるべきであった。 大東亜戦争が太平洋戦争とも言われるように、米、英、蘭、仏に宣戦することによって戦場は、太平洋と東南アジア並びにその海域となる。ならば、中国から徴兵し、でき得れば、中国と同盟を結ぶ。それが出来ねば、徴兵を条件に不可侵条約を結び横腹の敵を除いた上で全力を新たな戦争に集中すべきであった。米、英、蘭、仏は海軍、中国は陸軍という風に区別(分断)してやろうとしたのだろうが、(現にそうした)、欧米超大国を相手に戦争をする一方で陸軍の大半を中国方面にさくという戦略を立てた人間の頭の中を見てみたい。 これも、前記敗因の@Aに起因する。 2.戦後の経済官僚は、軍事官僚と酷似しているという点。 この官僚制度は、戦時下の総動員体制に機能したこともあり、戦後の経済復興に役立ったシステムでもある。→社会主義的方法。 戦争(敗れたけれど)これと同様のシステムと努力によって、経済大国となった日本は、再び敗れた。(バブルの崩壊、不況の長期化、大銀行等の倒産) この問題につき、経済官僚の無能を指摘する声は強い。確かに、そうであるが、戦後の経済官僚はもとは戦前の経済官僚である。 また、彼らと一緒になって戦前の総動員法よろしく経済復興を為した企業家らに責任はないのか。 小生から見ると、主犯はむしろ企業家であり、その中でも大銀行の経営責任者が首魁である。 官僚を含め、経済復興をリードして来た経営者達に、「何のための復興か」という目的意識がしっかりと腹に座っていなかった故に、僥倖(朝鮮戦争、ベトナム戦争特需)によって、予想しなかった成果が出ると、当初の復興の目的はどこかへ飛んでいき、更なる利益追求に走り、その利潤の使途は何であるかを忘れてしまったのである。 利潤の使い途が分からず、これを抱えていたなら、バブルとはならず、したがって、今日の長期的不況にもならなかった筈である。 ところが、その利潤をさらに利潤を追求する為に使った。投機である。財テクといえば聞こえはいいが、投機であり、実業ではない方向に走った。(手段の目的化=倒錯) その為に、土地は1坪1億円もするようになったり、株式等の証券は急騰した。これがバブルである。 まさに、手段である金銭が目的化し、過激に倒錯した状態となったのである。(1億総不動産屋)その真っ只中、こういう状況は危険であるとか、狂っているという認識を経済官僚や企業責任者の何程の者が持ち得たであろうか。 経済評論家が警鐘を鳴らしただろうか。それら以外の人から、モラルの欠如という批判があったこと位しか、小生は知らない。 この状況は、連戦連勝に酔ったあのときと酷似している。そういう状況の中で、批判すると、我国においては「非国民」扱いされるという戦前の体質は今も消えていない。官民共に陶酔しているのだから畑違いの人の意見など誰も聞く耳は持たない。 著者は、大東亜戦争を指導した軍事官僚と戦後経済を指導した経済官僚は同質の者である。だから、戦争の敗因を研究する必要があるという。 3.敗戦の処理について、 連戦連勝により茫然自失して、正常な機能、判断力を失った軍事指導者らは、旗色悪くなったとき(負け戦)これを認めようとしなかった。 「退却」を「転進」と称したり、戦果を過大に評価する大本営発表の仕方に神経を使い、戦争遂行の集中力を失った。 この状況は、バブルが崩壊して、茫然自失した経済官僚と企業責任者の行動様式と同一である。彼らは、社会(国民)に真実を隠し、自己の保身を先ず考えたのである。 借金の重みで沈没必至という戦艦の司令官はじめ参謀達(企業の責任者)がその事実を乗組員に隠し、これを大本営(経済官僚)が擁護したのである。そんなことをして何になるのか。その戦艦が浮上し得たならば理解できる。 戦時ならば、敵国に損傷軽微であるとの宣伝、国民に戦争遂行の意欲を持たせるためという目的は理解できる。それも度を越せば馬鹿の一言に尽きるが・・・ 国内の経済的現象(二、三の銀行が倒産する事実)を隠すことによって何の利益があるのか。 経済官僚並びにこれと共に発展して来た企業経営者らが終局的敗北を認めることにまたもや、茫然自失し、何を為すべきかの判断はどこかへ飛んでいき、保身のみ、或いは、そのうちなんとかなるだろうと無責任を決め込んだことによって、目下の不況は長期化し、その復興に多大の金を要しているが、その効果が現れない。それは、システムを抜本的に改造しないからである。住専の債権回収機構のトップに弁護士を置いたような、システム改革をしないからである。システムは、これを動かす人間が変わることによって変革する。 次に、税金の使途(用兵)につき、兵力の随時投入という最も愚劣な行き当たりばったり的使い方をしないことである。 したがって、官僚システム(官僚の使い方)を変え得るだけの器量を持つ人間を大臣にしなければならない。 派閥や年功序列で大臣となっても官僚はバカにするだけで、言うことを聞かない。ところが大臣を任命する総理大臣が同じようなものである。このシステムを変えるのは国民であるが、国民の大半がこのことに気づいていない。 |
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